読書ノート10冊目「推し、燃ゆ」~変化の激しい世界との関わり方~

日々雑記

なんだかんだ、読書ノートも10冊目のご紹介です。
今回は「推し、燃ゆ」を読みました。第164回芥川賞受賞作品です。

後述いたしますが、宇佐見さんは21歳の年に、この作品で芥川賞を受賞されています。
私も今、21歳なんですよね……と、考えると本当に素晴らしいことです。
年を重ねれば素晴らしい人間になれる、とは限りませんが、若いうちは経験が足りない、というのは事実であります。
しかし若さを長所としたこの作品は、同じ年代の人々の共感を呼びながら、生きることへの背中を押してくれるような温かさがありました。

「推しが燃えた」という短文で、しかし哀愁の漂う一文から本作は始まります。
若い視点で見た、複雑で生き辛い世界。
そしてどこか愛おしくかけがえのない世界を、主人公の目線で追っていく作品です。

「推し、燃ゆ」


ハードカバー版、文庫本版共にキャッチーで可愛らしい女の子のイラストが目印です。
全体的にピンク色で描かれたこの表紙ですが、一本だけ青いコードが。
一面のピンクの中に青の発色が目を惹きます。

あらすじ

「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」。高校生のあかりは、アイドル上野真幸を解釈することに心血を注ぎ、学校も家族もバイトもうまくいかない毎日をなんとか生きている。そんなある日、推しが炎上し―――。

河出文庫「推し、燃ゆ」宇佐見りん著 あらすじ紹介より引用

推し、というのは好きな人物やキャラクターのことを表します。
時には作家や製作者など、その創作の癖や嗜好への好みを表現することもあります。

簡単に言えば、好きで好きで仕方がない、そんな好意を惜しげもなく向けることができる相手のことを指すのです。
現代では「推し」ているものがある人が多いのではないでしょうか。

そんな「推し」がSNSで炎上するところから話は始まります。
大好きな人の不手際、それでも変わらず好きでいたいという気持ちと、世間の声・態度への不安。
感情の浮き沈みで、うまくいかなくなっていく自身の生活。
主人公の目線から、世界を映し出していきます。

宇佐見りん

2019年に「かか」で文藝賞を受賞しました。
2020年には、同作品「かか」にて三島由紀夫賞を最年少で受賞。
今回ご紹介する「推し、燃ゆ」で第164回(2020年下半期)芥川賞を受賞しました。

デビュー作である「かか」はまだ読んでいません。
今回の作品が面白かったので、近々読んでみたいと思っています!

宇佐見さんの今後の作品にも、注目していきたいです

受賞理由

山田詠美さん

「今回、出会った何人かの少女の中で、この〈あかりちゃん〉だけが、私にとって生きていた。確かな文学体験に裏打ちされた文章は、若い書き手にありがちな、雰囲気で誤魔化すところがみじんもない。」

小川洋子さん

「本作に心を惹かれたのは、推しとの関係が単なる空想の世界に留まるのではなく、肉体の痛みとともに描かれている点だった。」
「DVDの中で真幸は、大人になんかなりたくないピーターパンだった。その尖った靴の先で心臓を蹴り上げられた時、まず彼女の中に飛び込んできたのは、陶酔でも衝撃でも憧れでもなく、痛みだった。」
「推しを通して自分の肉体を浄化しようともがく彼女の姿が、あまりにも切実だった。」

感想(ネタバレ有)

印象的な言葉

寝起きするだけでシーツに皺が寄るように、生きているだけで皺寄せがくる。

河出文庫「推し、燃ゆ」宇佐見りん著 13頁より引用

世間には、友達とか恋人とか知り合いとか家族とか関係性がたくさんあって、それらは互いに作用しながら日々微細に動いていく。常に平等で相互的な関係を目指している人たちは、そのバランスが崩れた一方的な関係性は不健康だという。

同書74頁より引用

いま、肉の戦慄きにしたがって、あたしはあたしを壊そうと思った。滅茶苦茶になってしまったと思いたくないから、自分から、滅茶苦茶にしてしまいたかった。

同書147頁より引用

感想

わたしにも「推し」がいる。
そしてその「推し」はゲームのサービス終了とともに、多くの人の記憶から消えつつある。

主人公の目線から「推しが人になっていく」という言葉が語られた時、主人公の抱く気持ちに強く共感している私がいました。
熱心に愛情を注いできた対象の喪失は、心に穴をあけます。
心の穴は段々とヒビが入っていき、いつかは身体が壊れてしまうんじゃないかと思うくらいの苦しみをもたらします。
けれども、その虚無感を抱えながら、私たちは生きていく必要がある。

先述の通り、宇佐見さんの描く文章は私たちの心に寄り添いつつ、虚無感を抱えて生きていくことへの激励をしてくれているようでもあります。

短文が多く、情景を照らしながら、詩のような美しい表現で紡がれていく日常の微細な変化。
主人公を置いて回っていく世界と、主人公の感じる時間の乖離。
変わることを迫る、世界の過酷さ。

主人公が推しに没頭するように、宇佐見さんの描く世界に没頭している私がいました。
変化の激しい今だからこそ、日常に追い付くことが難しくなっている今だからこそ。
まるで主人公に背中を合わせているような共感を呼ぶ作品でもあると思います。

素敵な作品に出会えてよかったです。
「かか」も読んでみようと思います!
気になった方は、ぜひ!!!


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