文学フリマ(2026/11/8)配布予定サンプル「第零条 人類」

Back-to-the-Morning

文学フリマへの参加が決まりました。

参加費も支払いました。
もう「出られたらいいな」ではありません。出ます。
今は文学フリマで頒布するための新作を書いています。

タイトルは、

『第零条 人類』

舞台は、社会保障制度の維持が困難になった、少し未来の日本です。

ある日、一人の老人のもとに通知が届きます。
これまで受け取っていた年金が、突然停止されたという知らせでした。

何かの間違いだろう。

そう考えて市役所を訪れた老人に、窓口のAIは告げます。

「人類資格を喪失しているようです」

この社会では、医療、介護、年金、生活保護などの社会保障を受けるために「人類資格」が必要です。誰に、どの程度の社会保障を与えるのか。
限られた財源を公平に分配するため、その判断には人間ではなくAIが利用されています。

効率的で、公平で、持続可能な制度。

少なくとも、そうなるはずでした。
では、AIによって「支えるべきではない」と判断された人間は、どこへ行くのでしょうか。
そもそも私たちは、何をもって誰かを「人間」として扱っているのでしょうか。

そんなことを考えながら、現在執筆しています。

今回は文学フリマに向けた制作途中の記録として、冒頭部分を先行公開することにしました。

完成してから紹介することも考えました。
けれど、せっかく文学フリマという締切ができたので、途中から読んでもらうのも面白いのではないかと思います。

そして何より、一度公開してしまえば、

「やっぱり間に合いませんでした」

とは言いにくくなります。未来の自分への圧力も兼ねています( ・´ー・`)

以下、現在執筆中の『第零条 人類』冒頭です。

第零条 人類

 ××市役所の天井には窓が備え付けられている。白い、空の見えない窓。採光の為だけの。そこから天上、柱、壁と潔白に塗られた景色に彼は当てもなく目を泳がせていた。

「受付番号三一五でお待ちの方、0番窓口までお越しください」

 軽快なアナウンスが響く。しわがれた手には番号札。指先の感覚が鈍っているのか、紙の質感は感じられずまるで霞を握っているかのようだった。足にえいっと力を入れ、重い腰を持ち上げた。滅多に訪れなかった市役所は数年前と全く同じ箱でありながら、中身は大きく変わっていた。

「こんにちは。受付番号三一五番ですね」

 窓口の少し背の高い椅子に腰かける。地に足がつかない。目の前を見ると、丁度目の前の女性型窓口対応AIと、目線が合う。彼女の視界カメラを確認すると、彼女の口角は自然な笑みを見せた。

「お手元の申請番号からお選びください。本日はどのようなご用件でしょうか」

 三一五番の男は手元の申請手順を見ながら、数日ぶりに声を出した。

「三番申請だ。先日、このような封筒が届いてね。年金の受給が止まっているようなんだ。このままでは生活ができない。何かの手違いじゃないかと」

 彼女は笑ったまま、封筒を受け取る。迷わず封筒を開け「無慈悲な通知」にカメラを向けた。

「生活保護・生涯年金の受給に対する再度確認でよろしいですか?」

「ああ」

 数秒間の沈黙が流れる。

「……確認いたしましたが、人類資格を喪失しているようです」

「人類資格……私が?」

「はい、人類資格は、社会保障持続化法第0条(国民生活保障)の条項に基づく行政資格です。生活保護費や生涯年金を受領するための資格であり……」

「いや、いや、そんなことは分っているんだ。なぜ、この私が? ……私は、人類ではないのか?」

 彼女は瞬きひとつせず、三一五番の男をまっすぐと見つめた。男がその目線に耐え切れず口をつぐむと、挙げていた口角が一文字になった。

「人類資格喪失に関する異議申し立てであると確認しました」

「いや……異議申し立てではなく、再確認をしてほしいんだ。私は若い頃は年金を欠かさず納めて来た。受け取れないはずがないんだ。この先まだ長い人生を、年金なしで暮らすことは出来ない」

「はい、人類資格が喪失されているため、年金だけではなくその他の医療・介護サービスや行政支援に関する一切の行為の対象ではありません」

 封書の中の文言を目の前の彼女は再度告げた。人間が親しみを持つように設計されているはずの声色は、酷く冷淡に聞こえてくる。

「もういい、人間の職員を呼んでくれないか。緊急の対応なら人間が対応するんだろう」

「いえ、本件はAI対応業務です」

「君ではわかってもらえないから、人間を呼んでくれと言っているんだ」

「お力になれないことは申し訳ありません。本件はAI対応業務です。担当職員への接続は行えません。人類資格喪失への異議申し立て申請を行いますか」

 男ははっとして辺りを見回した。市役所には多くのヒトがいる。しかしヒト型AIと市役所に来た人間との区別がつかなかった。まるで目の前がぼんやりと暗くなったようだ。窓口AIは笑顔を崩していない。しかし人間ではない。AI。感情まではわかってはくれないのだ。

「……俺は人間なんだ、人間だ」

 指先からするりと番号札が落ちた。男は下唇を噛み、体は小さく震えていた。

「現在の行政記録では、貴方は人類資格を喪失しています。その為本件は、人類資格喪失者向けの異議申し立て手続きとなります」

「違う!」

 提示された申立書を男は握りしめた。

「俺は紙が欲しいんじゃない! 人間と話したいんだ。人間の職員を出してくれ!」

 AIは少し驚いたような素振りをすると、すぐに後ろを振り向き、もう一度申立書を提示した。

「申し訳ありません。人間職員との面談は、緊急性判定レベル四以上の案件で実施いたします。本件には緊急性はなくAI対応業務です」

「俺は人間じゃないと言われてるんだぞ⁉」

 AIは、まるで人間がそうするように、申立書を指先でトントンと叩いた。

「はい、その内容は確認済みです」

「……」

「本件には生命維持に関する緊急性はありません。その為、貴方は人間職員への接続条件を満たしていません」

 誰もいない窓の外は、今にも雨が降り出しそうな曇り空だった。まるで市役所の、白い天窓を思い出すような。ふらふらと家の中を動き回る。

「本法による保障は、本法に定める……」

 埃をかぶった法律書を、その薄いページ一枚一枚、破らないように震える手でつまみながら、目に見える文章を口に出していた。同じ文章を同じページを、幾度となく行き来していた。

 社会保障持続化法第0条(国民生活保障)

  すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営むため、その生命、生活、および社会参加の状況に応じ、必要な社会保障を受ける機会を保障される。

2、国は、将来にわたり持続可能かつ公平な社会保障を確保するため、医療、年金、介護その他の社会保障給付について、個々の国民の生活状況、健康状態、社会復帰の可能性その他必要な事情を総合的に考慮し、適正な支援を行うものとする。

3、前項に規定する判断については公平性及び客観性を確保するため、国が指定する人工知能による総合判定を用いることができる(以下、社会保障持続化判定と呼ぶ)。

4、本法による保障は、本法に定める人類資格を有する者について適用する。

 何度読んでも、文字が滑って頭に入ってこなかった。頭にあるのは常に、自分が人類ではなくなった、ことだけだった。

 何度も読み返したことで、顎がきしみ、痛みと疲労が押し寄せた。妻を亡くしてから、声を出すことも少なくなっていた。家の外は暗くなっているというのに、男には明りを付けるほどの力もなかった。

 窓に男の顔が反射する。皺が深い。目も落ちくぼみ始めた。頬を触る。骨の上を皮が滑る。手の指先は皮膚が固くなっていた。腕は筋肉が落ちた。足も。

「このまま……」

 その時、玄関のチャイムが鳴った。男ははっとして、玄関の方を見つめた。幻聴だったかもしれない。現実ならば、きっともう一度音が鳴るんじゃないだろうか。はてさて、妻を亡くして以来人と関わることの少なくなった自分に、いったい誰が訪ねてくるというのだろう。

「もしかすると、この家からの退去勧告だろうか」

 玄関の扉はまだ音がしない。男は無意識に息を止めていた。長い静寂が、胸にキリキリと突き刺さるようだった。

 やがて微かなノックの音が響いた。それは静けさを邪魔することが申し訳ないかのような、優しい音だった。

 男は倒れるように椅子から降りた。そしてゆっくりと一歩一歩、扉に近づいた。すると若い男の声がする。その声に引き寄せられるように、ドアノブに手を掛けた。

「あぁ、家にいてくださってよかった」

 目の前の若い男はそう言った。その手には封筒を握っている。皺の入ったシャツは彼の焦りを物語っていた。

「人間か……?」

「はい、医師をしています。貴方が、先日健康診断を受けた、あの病院で」

 そう言って医師は、総合病院のある方向を指さした。

 男は、目の前の人間に驚いていた。郵便局員か、役所の職員か、と予想していたからだ。目を丸くし脱力した男を見て、医師は眉間に皺をよせ真っ直ぐと男を見つめていた。

 男は声を出そうと思った。けれども掠れるような息だけが口から飛び出た。法律書を読み過ぎたせいだ。声を出すことは諦めだ。医師に向かって、うん、うんと頷くと、思うように動かない手を持ち上げて医師を家の中へ招き寄せた。

 人が来ると想定していなかった部屋に明かりがともる。妻がいたならきっと、もっときれいだったろう。それに細かいことにも気が付く性格だったから、温かく医師を出迎えたはずだ。男はそんなことを思いながら、ソファを指さした。医師はまたも頷くと、そこに腰を掛けた。

 客人が来たならば、せめてコーヒーでも出さねば、と震える足でキッチンへと向かう。妻がいなくなって殆ど料理をしなくなった。腹が減ることもなくなった。皮肉なことに綺麗なキッチンだ。シンクの傍にやっとのことで手を付いた。それから医師の方へ向き直った。

「コーヒーは飲めるかい」

「ええ、ですがお構いなく……用件が済んだらすぐに御いとまします」

「いや、私が出したいんだ」

 医師は苦笑いしていた。男は少しでも、彼を引き止めていたかった。ぽたぽたと黒く薫り高い雫が白いコーヒーカップへ落ちていく。先ほどまで胸を痛めていた静けさが、今は失い難く感じていた。

 いつの間にか男の後ろに医師が立っていた。

「僕がテーブルまで運びますよ」

 そう言って、カップを二つ、テーブルまで運んだ。

 二人はゆっくりとソファに腰を下ろした。男はようやく背もたれへと全体重をかけた。ソファに詰められた綿が心地よく背中を押し出した。

「先ほどの、お話ですが」

 医師はまっすぐ男の目を見ながら、封筒を見せた。

表には「健康診断のおしらせ」と題されている。

「先日の検査結果ですが、どうも返送されてしまったようでして……」

 そう言いながら開いた封筒を男の前に差し出した。めまいがするほど沢山の項目が書かれている。医師は男の目線を誘導するように指を置いた。

「こちらの検査項目に異常が出ています」

 そしてもう一枚、鞄から紙を取り出した。

「こちらが追加検査の結果です。はい、この数値が通常なら……」

 男は息を呑んだ。医師はなおも説明を続けている、が男の耳には届かなかった。めまいがさらに酷くなり、医師が指さすそれを確と見ることは出来なかった。

 けれども、わかったことはある。

「それは、人類資格と関係があるのか……」

「……人類資格?」

 医師は口を開けたまま固まった。男は手元に置いたままのカバンへと手をのばした。

「年金の受給が止まってね。今日は役場へ確認しに行ったんだ。久しぶりに町へ出たから、時間はかかったがね。ついさっき帰ってきたところだったんだ」

「もう、判定されたんですか」

「……あぁ、そうらしい。何を言っても、人類資格を再申請するかと、話にならなくて。なぜ、判定されたのかと、はぁ……」

 男は話し終わる前に大きな溜息を吐いた。もう話すことすら疲れてしまった。顎の関節が重く悲鳴を上げている。誤魔化すように、コーヒーを口に近づけた。

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