少し前に森鴎外の博物館に行った際に、無料配布されていた第二回川端康成文学賞入賞作品集を貰ってきました。
ずっと本棚にしまい込んでいたのですが、先日本棚を整理していた際に発見。
普段近代文学ばかりを読んでいるので、現代文学に触れたいと思いつつ読み始めました。
全ての作品を読みましたが、大賞を受賞された「ペイデイの前の日に」が最も印象に残っていたので、感想を起こしてみます。
ただ、素人の感想なので高度なことは言えないです……選評もついてましたので、気になる方は配布場所を探してもらってみてくださいね。
無料配布してます。メルカリでも中古品を売っているのかな??
「ペイデイの前の日に」
あらすじ
ペイデイ(給料日)の前の日に主人公エミリアは市場で買い物をしている。
家出待つ妹たちのために鶏肉の香草パン粉焼きをつくる約束をしたエミリアは、所持金残額と煙草と金魚と野菜と肉とを、市場での交渉を通してやり繰りしていく。
ペイデイの前の日に――軍事政権下にある島で変わらぬ日常を送る少女の目線から世界の荒れ様が広がっていく作品。
好きだった言葉
こんなにたくさんの物があるなんて、内戦時代には考えられなかった。見て歩くだけでもワクワクしてくる、まったく夢のような光景だ。
第二回川端康成青春賞入賞作品集 「ペイデイの前の日に」 桂 文弱作 p17より
鶏モモ肉は、一枚が7,980ヘナと表示されていた。育ち盛りの三人の妹と自分の腹を満たすためには、二枚では足りず三枚は必要だろう。
同書 p25 より
感想
日常を懸命に生きる主人公エミリア。
けれども一切の不幸を感じることは無く、淡々と明るい調子で物語が綴られていきます。
読者にとって「軍事政権下にある島」「少女の労働」「頻発するデモ」は特異な世界観です。
けれどもエミリアにとってはありふれた、当たり前の世界。
父と兄が村の広場で処刑されたとき間近に聞いた音なのだ。間違えるはずがない。
同書 p38 より
突然、このように彼女の生い立ちや世界の悲惨さが語られていきます。
本当に突然。エミリアが思い出したように語られるので、読んでいるこちらは、つい呆気に取られてしまいます。
この引用文だけを見ると、淡白で冷淡な主人公にも感じるのですが、エミリアにとってはこれは日常。
まるで平和な世界に住む私たちが、ふと過去の良い思い出を思い出すように、凄惨な過去が語られていく。
主人公と読者の世界観の違いが、読後の後引く余韻を生み出しているのだと思いました。
デモの騒ぎやマーケットの叫喚、エミリア自身が性的に見られている状況――どれも荒寥な世界観です。
しかしエミリアの考えには「明日がペイデイ」であるという前提があり、彼女の浮足立っている気持ちが伝わってきます。
戦争を知らない私は、戦時下や軍事政権下にある人間の生活は暗く寂しいものであると思い込んでいました。
けれども平和な日本人が生活するように、同じように考えながら買い物をする人たちがいて、同じような交渉のやり取りをしているのかもしれません。
それは「平和を知らない」人間が生み出す日常。
まるで私たちが「戦争を知らない」ように。
私も趣味で小説を書くことがあるので、こんな作品を書くのは難しいなぁと思いながら読みました。
情景描写には主人公の感情が色濃く映る。主人公の心情は作者の影響が色濃く映ります。
作者として知っている軍事政権下の「悲惨さ」を隠しながら、明日を楽しみに生きる主人公の目線で軍事政権下の「悲惨さ」を描く。
すっごい難しいことしてます……いやぁ、溜息しか出ない……。
この感想を書くのにも、かなり苦労してます。
どう言えば、この作品の良さを潰さずに、作品の感想を書けるのか……。
とにかく、とんでもなく難しい概念を、作品のなかで詳細に清々しく描き切っている。
これ、最後の段落の言葉もすごいです。
よくこの情報を最後に持ってきたなぁと、作品の構成のすばらしさにも脱帽です。
「ペイデイの前の日に」、この入賞作品集でしか読めないのでしょうか……?
ぜひ多くの方に読んでいただきたい作品だと私は思いました。
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