オスカー・ワイルド「漁師とその魂」感想

読書ノート

年末年始、様々なものの断捨離をしなければならない時期です。
今年も多くの積読を抱えた私の本棚を整理するべく、少しずつですが読書を進めています。

今日はオスカー・ワイルドの「漁師とその魂」という話について感想を。


オスカー・ワイルド

オスカー・ワイルドの作品でもっとも有名なものは「幸福な王子」でしょうか。
街を象徴するような像として建てられた王子が、街に住む人々のために自身の肉体から金・銀・宝石を燕に運ばせ、救っていくお話です。
自己犠牲に溢れ、献身と友愛についての尊さに触れています。

オスカー・ワイルドは「詩人」であり、彼の文章は軽やかに、しかし教訓的であり、童話の世界観とも見事に調和しています。
今回ご紹介する「漁師とその魂」の他にも、「ナイチンゲールとばらの花」という話も個人的に好みでしたのでお勧めします。

宣伝・新潮文庫「幸福な王子」

新潮文庫「幸福な王子 オスカー・ワイルド 西村孝次訳」に、この記事にてご紹介した全てのお話が載っていますので、ぜひお手に取ってみてください。

文庫本であり、短編集ですので持ち運びや読みやすさに優れています。

「漁師とその魂」

今回ご紹介する「漁師とその魂」というお話は新潮文庫の「幸福な王子」にて8番目の物語として掲載されています。

あらすじ

とある貧しい漁師が偶然、海で釣りあげてしまった人魚に恋をした。
人魚と結ばれるには「人間の魂」を手放さなければならない。
しかし司祭に聞いても、市場の人々に聞いても魂を手放すことを遮られるばかり。
魔女の力を借りて、ついに魂を手放した漁師は人魚と結ばれるが、放り出された「魂」は一人でに旅をはじめ、やがて悪しき行動に魅入られていく。

「生命にとって重要なものは 魂か? 愛か?」

献身的な愛の行く末は数々の悲劇をもたらすー。

UnsplashDaniel Bernardが撮影した写真

個人的に好きな台詞(ネタバレを含みます)

「肉の愛は卑しいものだ」(新潮文庫「幸福な王子」169頁より引用)

「世の中は広くて、天国もあれば、地獄もあるし、天国と地獄とのあいだには、あのぼんやりとした薄明の家もある。どこでも好きなところへお行き。だが、わしを困らさないでおくれ、わしの恋人が呼んでいるのだから」(同書183頁より引用)

「人生に一度だけ、人間は自分の魂を追い出すことができますが、ふたたび自分の魂を受け取ったひとは、永遠に魂を自分のもとにとどめておかねばなりません、そしてこれが、そのひとの罰であり報酬であるのです」(同書215頁より引用)

「愛は知恵にまさり、富よりも貴く、人間の娘たちの足よりも美しい。火もこれを焼き尽くせず、水もこれを消し止めることはできない」
(同書222頁より引用)

感想

「魂と肉体は切っても切り離せない関係である」とする考え方は同時期に生きた作家スティーブンソンの「ジーキル博士とハイド氏」にもつながりそうです。

肉体から魂が離れ、悪いことに魅了されていく描写を描いたのには、「魂」や「肉体」それだけではあらゆるものに誘惑され、自立できなくなっていく人間本来の儚さや頼りなさを表しているように感じました。

素直に物語を受け取れば「純愛の尊さ」「願いを貫くことの困難」を描いた作品ですが、捻くれた見方をすれば「執着への嘲笑」「執念の愚かさ」を描いたとも受け取られかねないでしょう。
そのどちらともとれる表現を用いて、読者に思考の余地を残していることが、オスカー・ワイルドの話構成のすばらしさでもあるように感じます。

「魂」や「愛」とは見えないものではあるけれども、「確かに存在している」と共通認識を持っているのが人間という生き物だと私は考えています。
では「魂」と「愛」と見えないもののどちらが重要であるか、というこの物語の表面的な主題を誰かと話し合うには奇異荒唐なものでしょう。
しかし敢えて物語を通して問いかけるところに、オスカー・ワイルドの皮肉さがにじみ出ているように感じました。

現代社会では環境の急速な変化もあり、自身の肉体についての懸念が多くなっていることと思いますが、この作品を読んで「魂とは何か」「愛とは何か」を深く考察する時間を設けることも重要に感じました。

余談ですが、日本では人魚の肉を食べると不老不死になるという「八百比丘尼伝承」があります。
昨今話題になりましたね。
実は海外では人魚を食べたことによる不老不死伝承は見つかっていないとされています。
日本における人魚伝説も西洋から輸入されたという説があります。
加えて西洋ではある種キリスト教的な「隣人愛」が強く世相に求められるのに対して、日本では当時「健康」や「長寿」といった自身の肉体に関する願いが求められており、それが人魚伝説に反映されたのではないかとする説もあるようです。
「人魚」一つを題材にとっても、その国柄によって大きく物語が変化していくのはとても興味深いと感じます。

備考

書籍


アイキャッチ画像
UnsplashSean Oulashinが撮影した写真

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