本日2024年12月14日、茨城大学演劇研究会の冬公演「ヌガー・グラッセが溶けるまで」を見てきました。もう去年の冬公演を見たのが一年前なんですね……時間が流れるのが早い(>︿<。)
公演時期はあらすじに合わせてちょうど良い季節、冬。一人の元歌手が如何に振り回されたのか……。
この記事は完全に関係者に向けたファンレター、公演感想文になります。「ヌガー・グラッセが溶けるまで」の脚本情報を知りたい方々はネタバレ等ありますのでご容赦ください。

「ヌガー・グラッセが溶けるまで」
あらすじ
12月8日未明、足立結憂が殺されたーー。30年ぶりの記録的な大雪に埋もれる、幻想的な旅館の佇まいとともに、衝撃的なニュースが日本中に報じられた。
15歳でデビューを飾り、国民的なアーティストとして愛されていた足立結憂は、7年前、突如として表舞台から姿を消した。いまだその楽曲の数々は、色褪せず、多くの人の心に勇気を与えている。
犯人は都内の派遣事務として働く、小林瞳。彼女の口から、少しずつ真相が語られはじめる。
「私が信じるのは、足立結憂。そしてあの曲『ヌガー・グラッセが溶けるまで』ーー」
脚本

脚本への感想
演技が難しい脚本だなと思いました。
この脚本の難しいところは、書いた脚本家さんはきっと全てのキャラクターにバックストーリーを細かく作りこんでいることです。なぜ、このキャラクターはこの動きをするのか、どういった気持ちからこんな台詞を言うのか、キャラクターの感情の機微を重視していると思いました。
物語の大筋には起承転結による緩急がありません。なぜ小林瞳が好きだったはずの足立結憂を殺すこととなったのか、その理由を順当に丁寧に積み重ねていくストーリーです。その分だけキャラクターを演じる役者の演技力が試されるなと感じました。
茨城大学演劇研究会
多くの劇団員が在籍しており、芸術祭や市民劇団との協演も行っている積極的な演劇サークル。
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感想
全体
「足立結憂」はどんな歌手だったんでしょうか。
脚本を読んでいると、参考文献にはジョン・レノンについて出てくるので脚本家さんはジョン・レノンについて連想していたんでしょうね。
女将周囲のキャラクターにとっての「足立結憂」には色んな姿があって中々演じ辛かったのでは無いかと思います。圭一さんや明希さんから見た足立結憂はももクロや海老中などのアイドルのように感じましたし、三木さんの視点では安室奈美恵のような絶対的な歌手像を感じました。一方で女将さん本人からすると奥華子のようなもう流行の過ぎた歌手というイメージを彷彿とさせられましたし、直政さんからはあいみょんのようなシンガーソングライターを感じましたね。
「足立結憂」はどんな歌手だったのか、その認識の違いが演技に少しずつ影響していた気がします。「今でも結憂は足立結憂だ」という台詞も、意識を変えるだけで言い方が変わっていく。小林瞳さんの目線から「足立結憂」がどんな歌手だったか、「ヌガー・グラッセが溶けるまで」はどんな歌だったのか、想像したかったなぁと感じます。
私個人の感想ですが、脚本を読みつつ「足立結憂」に似た現実の姿として思い浮かべたのはカーペンターズでした。劇が終わってからは神田沙也加さんも近いかなぁと。どちらも自殺で亡くなられた方ですが、歌姫として惜しいと感じますし、歌われている楽曲も人を応援するものが多いです。
私はオタクなので、好きな曲を載せておきます。
役者
物語として大きな転換点がないからこそ、役ごとの深みが重要になってくる脚本です。今回の公演は役者が、自身の演じるキャラクターの背景をどれだけ理解していたか、によって演技の伝わり方が変わると思いました。
一番素晴らしかったのは直政さん。夢を追いかけようにも家業があり、家出した妹の代わりに母を支え、旅館で閉じ込められるように働き、色々と諦めなければならなかった立場の人ですね。テレビをつければ妹が映っていて、母は妹の愚痴ばかり話していて、足立結憂という優秀な妹がいるからこそ自分が惨めに感じてくるというのが役者さん通して伝わってきました。この作品ではどうしようもないクズですが、背景を吟味すると擦れてしまうのもわかる気がします。
どうしてギャンブル狂い借金まみれのクズな性格になってしまったのか、それを役者が理解しているからこそ、セリフ一つ一つが重く聞こえてきます。
圭一の「大事な人はいないんですか」というセリフに対して直政さんの「えー」や「いないかぁ」は重かったですね。肥大解釈ですけど、直政さんには本当はきっと大事な人がいたんじゃないかと思ってしまいました。「いないかぁ」という一言に、大事な人がいたかもしれないけど色々と諦めていくうちに誰が大事なのか忘れてしまった虚しさが詰まっていて、少しうるっときました……。
ギターを始めたのも、きっと旅館仕事の気晴らしで、気晴らしだったからこそ持てた希望もあったはずです。それでも妹の方が優秀になってしまった。気晴らしでさえ奪われたからこそ出てくる「自分に才能がなかった」という台詞。
ギャンブルや金に関する台詞はおちゃらけてる、軽口を叩くのに、妹と才能の話ではしっかり台詞を発するので一気に心を掴まされてしまいます。いい役者さんでした。
次に三木さん。本気で、もう一度と、復帰を願うからこそ、怒号も突き放した声も真実味を帯びていきます。少し強引なキャラでしたが、決して熱情に呑まれることなく、足立結憂を追い詰める一手を進めていく。そんな二面性を良く表していたと思います。
三木さんは受けが上手いんですよね。ちゃんと相手の台詞を聞いているから、声を上げて強引さを出したり、あえて声のトーンを落として威圧を与えたり。演技ではなく対話をしていると感じました。相手の演技に合わせて、返す演技をしている。惜しいのは若い役者さん達が、まだ「こう言われたからこう言い返す」「この身体の動きをする」とぎこちなさがあるところでしょう。三木さんの相手役が話している間に、あえて苛立ちを見せる動きをしたり、手悪さをすることで、三木さん自身に注目を集めていました。そのようにカバーしていた彼女の力は大きいと思います。
今後が楽しみな役者は小林瞳さん。かなり抑え目な動きだったなと感じました。激しめの足立ファン、という設定ですが、抑えられていたのでまぁ少し挙動がおかしいくらい。演出の判断かもしれませんが、もっと思い切って動いていいのになぁと感じました。文化祭の時に「泣き女」役でもっと激しい動きが出来ていたのできっとこれから良い役者さんになると思います。
演出上「常識的な人が演じる狂った人」という感想を抱いてしまいました。狂った人とか愛が重い人とかって何してくるかわからない恐ろしさを感じるんですよ。いきなりリスカするかもしれないし、別れるくらいなら飛び降りるって窓の緣に立ったりとか、いきなり顔を近づけてきてニコッと笑ったかと思ったら相手の鼻を齧るとか、どこか欠けた狂った人って理解できない突拍子もないことをすると思うんです。小林さんは、この展開の後、この人が何をするのかわからない、といった狂った人特有の不安定さがなく、落ち着いてました。安定した不安定さ、というんでしょうか。きっと小林さんはもっともっと狂った演技できると思います。見てみたい。
あげるとするなら、小林さんと他の人との距離感がずっと変わらないから恐ろしくないんだと思います。ちょっと言動がおかしいくらいでしかない。最初から最後まで。檻の向こうにいるライオンは怖くないんですよ。1km先にいる位でも怖くない。ところが一瞬間目を離して振り返ったら鼻先にいる、急な距離感の詰め方が狂った人の恐ろしさなんですよね。
足立結憂の話をする時は相手にグッと顔を近付けるとか、体を近づけるとか、それが無理でも腕を引く、絶対に人が触らないところに触る、目線を逸らさずにまっすぐ相手を見つめる、っていう身体の使い方の部分で恐ろしさが出るはずです。狂うというのは簡単に出来る演技では無いので、今の役柄がハマるということはこれからすごくいい役者さんになると思います。
衣装
一番気になったのは、旅館の女将さんの帯締めは多分ですがお太鼓結びが多い気がします。可愛い結び方をされていたので、特別な訪問客用かなとも思いましたが、かなり忙しく動いている女将さんぽいのでお太鼓結びの方が引っかかったり拠れたりしにくいんじゃないでしょうか……。
従業員が着ていた甚平は従業員らしくて好きでしたね。どこかで揃えたんでしょうか。掃除する時などは甚平の上に半エプロンあってもいいかもと思いました。頭に頭巾をするとか、腰にちょっとした小物ポーチを付けられるようにするとか、腕時計などの簡単に着脱できるものがあるだけで役者の動き方が増えると思います。
ただの宣伝なんですけど、ハリーポッターシリーズって同じ制服であってもキャラクター毎に着こなしを変えるなどの工夫が凄いので是非衣装担当の方に見て欲しいです。衣装でキャラを目立たせる必要は無いと思いますが、このキャラは衣装をどう着るか、という視点を持つと役者も演じやすくなると思います。
音響・照明
最後に流れた曲が「ヌガー・グラッセが溶けるまで」という曲だったのかもしれませんね。もう少し聞きたかったなと惜しく思いました。
暗転を多用せず、薄暗い状態であえて役者の移動を見せるのも素敵でした。今回照明の色は特殊なものを使用していないんですよね。暖色のシーリング(かな?)くらいだったと思います。小林瞳にとって理想の世界(本物の世界)を暖色で表わして、偽物の世界は白黒、という対比が綺麗だったなと感じました。
強いていうなら、包丁で刺されるところはあえて照度を上げる必要はなかったんじゃないかと思います。舞台上に二人しかいない、かつ小林は包丁を持ってるので、観客の目線はもう包丁に行ってるはずなんです。包丁を指すシーンを過大に演出しようとしなくても、十分悲劇的だと感じます。これは個人の好みかもしれません。
舞台
舞台として作られていたのは、旅館の中のロビーのようなところなのでしょうか。それとも男湯と女湯の間にある待合スペースのようなところなのでしょうか。
不思議だなと思ってしまったのが(細かいことかもしれませんが)従業員が足袋を履いているのに、お客様と女将さんは下足を履いていたことですね……。かと思えば、温泉から出てきて浴衣に着替えた来館者は館内スリッパを使用しているんですよね。
靴を脱ぐところが玄関なのか、客室の前なのか、どちらのタイプの旅館か分かりづらい。旅館の玄関で靴を脱ぐなら外から来たお客様でも館内スリッパにするとか、女将さんも足袋で揃えてよかったのではないでしょうか。もしくはお客様のお部屋ごとに靴置き場があるなら、従業員も運動靴を履いている気がします(浅い知識で申し訳ないです。違う旅館があったら気にしないでください)
また、上手側入口から「ご飯の用意が出来ました」と来て下手側入口に「ご案内します」という流れも不思議です。もしかしたら回廊型の旅館なのかも?
(記憶違いなら申し訳ないです)温泉も無理に男女で入口を分けるより、同じ入口から入ってきた方が無難かなと感じました。ロビーからいきなり温泉に繋がっていることは無いでしょうし、ロビーに繋がる廊下の先に温泉があると考えられる気がします。
少し旅館の間取り図? が思い浮かびにくいと感じてしまいました。私の想像力がないだけかもしれません。
ロビーを掃除するシーンが単調に感じました。例えば箒を持ってきて掃き掃除をするとか、ハンディクイックルで本棚の本の上の埃を払う動きができるとよかったかもしれません。せっかく本棚があるなら、しまってある漫画本を一番最初はソファの上に乱雑に置いてもいい。それだけで拭き掃除だけでなく片付けという手順も増えるので、いっそう旅館の仕事らしくなるでしょう。新しい新聞を持ってきて、古い新聞と差し替えるとかゴミ袋を入れ替えるとかも旅館掃除ではあると思います。壁掛け絵画も少し斜めに配置して、真っ直ぐになるよう調整することも出来たと思います。
直政さんがお菓子つまみ食いしちゃうとか、そういうアドリブがあっても面白いと思います。完璧に脚本通りやる舞台も面白いですが、キャラクターが思い思いに動く不安定さがある演劇も面白いです。せっかく舞台上に棚を置いたりお菓子を置いたりしているのですから、最大限活用できるといいと思います。
総括
色々書いてしまいましたが、とても面白い演劇でした。今後の活躍に期待してます。また見に行きます。



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