白い巨塔 ー財前と里見、対を成す二人ー

読書ノート

 本日、漫画版「白い巨塔」を読みました。
「白い巨塔」は以前に小説にて拝読したことがあるのですが、当時の私は中学生だったため難しい医学用語や権威主義の構造がわからず困惑していたことが懐かしく感じられます。

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「白い巨塔」の感想


さて、漫画版の「白い巨塔」は財前先生の術中の鮮やかな手腕や死にゆく患者の儚さなど、とても繊細な描写が多用されている一方で、権威主義の蔓延る教授選や誤診裁判などでは人間の醜い心情を情熱的に描いています。その画力のメリハリが一層読者をひきつけ、小説版の「白い巨塔」に存在する独特で興味を引き立てられるリズム感を生み出しているのだと感じました。

「白い巨塔」の魅力


「白い巨塔」の面白いところは、人間の社会の窮屈さ、人間関係やシガラミといったものを打破しようと奔走する主人公が、結局はそれらに敗れ、運命という一種の宗教に祈るしかないという話構成であることです。しかしながら読者は読み進めるうちに、財前を応援し、彼に憤慨し、そして憐れむようになっていく。財前が神に抗えなかったように、読者もまた作者の思惑には抗えない感想を抱くことになるでしょう。
里見という対極の人間が登場したことも素晴らしい構想でした。初期に「絶対」を信じて手術した財前に対し、絶対はないと信じ検査治療を繰り返した里見。最後にはこの配置が逆になり、「絶対に治す」という里見に対して、「医療に絶対はない」と零す財前。言葉の節々に「絶対」を感じさせる各人物の発言も伏線となって、ラストシーンはより一層の哀れみを生んでいました。
そして医療という運命に抗う行為でありながら、度々信じる描写が描かれるのも逆説的な美しさであります。「患者が医者を信じる」「医者が自分の判断を信じる」「味方を信じる」「友を信じる」「部下を、上司を信じる」……信じるとは疑うことであり、根拠のない不確かな行為であり。人間は死する時まで疑心暗鬼を抱えながら儚い時間を謳歌しているのだと考えさせられます。個人的に、鵜飼教授は好ましくない人物ではありますが「ミスをした自覚のないものは必ずまた同じ失敗をする」という言葉もそれを表していると言えましょう。

私評


中学時代、私は里見の言う「財前も被害者である」という言葉が理解できませんでした。というのも財前という人間が、周りを振り回し自身の栄華に溺れた糞野郎だと思っていたからです。けれど大学生になり、仕事や学生生活にて社会にその片足を踏み出すと、なるほど財前も被害者であるという言葉の意味が理解できるようになりました。栄華に見えた教授選の勝利も、周りに踊らされ持て囃された結果に過ぎない。財前は鏡のような人物だったのです。
以前このような話を聞いたことがあります。鏡というのは見たいものを写す、と。鏡に写った自身の顔や情景を、人間の脳はその人の思うように誤解させるのだそうです。例えば、朝、鏡を見て頑張ってメイクやヘアセットをした自分の姿が、スマホで撮った写真を通すと歪んで見える、というのがこの現象だそうです。
財前は周りの期待や願望を写す鏡でした。周りの期待する自身になるために努力し、姑息な手段に身を落とした。しかし人間は無機物ではなく、期待や願望に応えるには限りがある。そして限界に達した姿が彼の人生だったのでしょう。一方の里見はどんなに求められても愚直に「患者第一」を掲げ、この点でも財前は里見と対になっていました。
素晴らしい作品に出逢えたこと、とても幸運に思います。

参考

アイキャッチ画像:UnsplashPiron Guillaumeが撮影した写真

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