2024年8月17日水戸市芸術館ACM劇場にて茨城大学演劇研究会の夏公演が開催されました。
今年の公演は「しんじゃうおへや」
なんだか物々しい怖さが溢れるタイトル。でもコメディな部分もあるようです。
この記事は完全に関係者に向けたファンレター、公演感想文になります。「しんじゃうおへや」の脚本情報を知りたい方々はネタバレ等ありますのでご容赦ください。
「しんじゃうおへや」
あらすじ
死刑執行の予行演習を行う刑務官たちの葛藤と衝突。
執行装置の修理にやってきた3人の電気工事士のパニック喜劇。
この部屋がどこで、自分が誰なのかを尋ね続ける男と、それから
逃げ続ける女、そしてそれを取り巻く人々。
死刑執行を舞台とする3話構成のオムニバス作品。
死刑を巡る3つの物語が重なり合う時、浮かび上がるものとは。
茨城大学演劇研究会
多くの劇団員が在籍しており、芸術祭や市民劇団との協演も行っている積極的な演劇サークル。
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感想
全体
ついに、二時間休憩なしで上演できるようになったんですね……
コロナ禍が明けたんだなぁと思うことができました。
今回初めて演研の舞台を客席で見ました(前までは舞台裏でした)
やっぱり前から見るのはとても良い……オペ室のカメラで撮った映像を見るのはかなり俯瞰的ですが、客席で見ると自分の見たいところに焦点があてられるので、また違った面白さがあるんだなぁと思いました。
少し前にヘンリック・イプセンの「ノラーあるいは人形の家」をACM劇場で見たことがあったので、ACM劇場自体は二回目の観劇。ライブホールなのもあって? 音の反響が響く、響く。
すこしでも音響が大きすぎると役者の声が全く聞こえないのが難点な会場です。
その為「ノラ」の方ではマイク(歌う様のスタンド、服につけるピン、両方)が使われていました。ただマイクの存在は、目に入ると世界観を壊すので私的にはあまり好きではありません。
演研の公演はマイクなしだったので、どの役者さんも良く声が聞こえていてすごかったです。
私は去年で演研引退してしまったので、新顔が増えていてうれしかったですね。
役者の三分の一が新入生。十八人の演劇というだけで難易度は上がりますが、そのうち一年生が六人と考えると、演出さん頑張ったな……と先輩風吹かせてしまいそうになります。
十八人が舞台に一気に出るわけではないですが、動線を考えないとこれだけの大人数がまとまった演技をすることは難しいでしょうね。お疲れ様です。
(注意:以後、観客として思ったことを率直に書いた感想が増えるのでご注意ください)
役者について
第一部
杉宇良と谷田部はやっぱり上手ですね。
序盤、コメディに違和感を残す台詞量、谷田部一人が疎外されたような雰囲気づくり、文句なしです。
杉宇良がネタを提供しても、観客が上手く笑えなかったのは谷田部の雰囲気づくりのうまさもあるかと思いました。
甲村のコメディとシリアスの切り替えも良かった。基本的に叫ぶ演技が多かったイメージ。
叫んでいるし、そこそこ声量もあったけど、何を言っているのか伝わる活舌はすごかったです。
ただ怒っている時と笑わせようと叫んでいる時の声があまり変わらなかったので、観客としてはどっちを目的とした叫びなのかな? と悩んでしまいました。
個人的に気になったのは、周りの役者に、一斉に笑い出す雰囲気前に二コニコしちゃってる子たちがいたことですね。そういう演技なのか、うっかり笑っちゃってるのかわからなくて、困惑してしまいました。
全体的にコメディをやるにしては、メリハリが少し甘い。加えてお利口さんな演技が多いな、ということでした。
誰かの台詞が言い終わってから、台詞が被らないように言う。誰かの台詞を待ってから、自分の台詞を言う。誰かがこう動いたから、こう動く。そう感じてしまって、ところどころぎこちなさがありました。
「怒っている」ために掴みかかる、「笑う」ために体を揺らす、「笑う」ために腹を抱える……
表現しようとする「努力」が伝わってしまって、必死になっているように感じました。
そして隣の役者と動きが被ってしまうと、あれだけ人数がいるのに勿体ないな。
序盤の一番好きだった点は、甲村と代わった谷田部が甲村を睨み続けていたこと。
それに気づいた甲村の反応も含めて、その瞬間の空気が好きでした。
二人は別に特別なことをしていたわけではありません。ただ、視線を交わしていただけ。
でも、それだけで表現できる感情や人間関係もある。表現しようとして演技をしようとしないでほしいと感じました(先輩風吹かせてます、すみません)
加えて、表現の稚拙さも垣間見えました。笑うならば、腹を抱える、体を揺らすだけじゃない。
例えば地面に手をついて笑い崩れたって良いし、もしかしたら床を殴る人だっているかもしれない。
手を叩いたって良い。わき腹が痛くなるかもしれないし、笑いすぎて上手く歩けなくなることもあるかもしれません。「笑う」、一つの演技でも、表現の幅を利かせたらもっとおもしろい役者が増えると思います。
第二部
皆可愛かったねぇ。かわいい。かわいい子しかいねぇな、おい。
電気工の内二人が一年生。どっちも声が出ていて、活舌も良く、いい新入生が入ったんだな、と感心していました。高橋が上手いこと、コントの静と動を作っていて、上級生の力を感じました。
勿体ないな、と思ったのは部屋が明るい時の動きのメリハリがないこと。
メリハリというよりは、ピタッと止まれる役者がいない、と言ったほうがいいのかもしれません。
また台詞の言い方も、高橋と岩上の語尾を伸ばす感じが似ているので、あまり変化を感じず、なぁなぁとだらだらとした雰囲気が続いてしまったように感じました。
照明が暗くなり、皆発狂してしまった時の演技ではピタッと動きを止めることができていたのですごく面白かったです。
恐らく台詞と動きの両方を意識することが苦手なのかなと感じました。台詞だけ、もしくは動きだけ、であれば十分に動ける役者さんたちが出ていたのだと思います。これからもっと輝けそうな役者さんたちで羨ましいです。
あと第二部で勿体なかったのは髪型でしょうか。重箱の隅をつつくようで申し訳ない。
多分ですが、電気工などの火花が散る系の作業は、基本的にアクセサリー不可です。恐らく就業規則にも服務規程で書かれるはずです。アクセサリー一つが命取りになる作業なので、シュシュがついているのは違和感がありました。つけるのならばせめて、キャラクターに指摘して外させる、もしくは派手な色のついたゴム位にするべきかと。
男の子も髪が長いですね。前髪をタオルで止めるなどしないと、現場でしこたま怒られますよ。本の一つの油断が命取りになる作業のはずです。
フィクションと言えばそこまでですが、死刑囚の「命」を題材にしている脚本なので、作業員の「命」に関しても気を付けるべきだと思います。
アクセサリーや髪型であえてキャラクター付けをしなくても、十分に役の個性を出せる役者さんなので、衣装や小物に頼る必要はなかったと思います。蛇足かな。
第三部
一番安心してみていられました。上級生、不安要素の無い役者が多いです。
基本的に活舌も良く、表現力もあり、脚本としても難しいコント要素もない。
ただし脚本としては第一部、第二部と違い抽象的になるので、役者の力量が無ければ、公演全体を通して何が言いたいのかわからない演劇という印象で終わってしまいます。
終わり良ければ総て良し、ではないですがこの脚本に関していえば、第三部をどれだけ表現できるか、というところが重要だと感じます。
まず第三部の主役、三塚。もう、なにも言えることは無いです。完璧な三塚でした。
人を殺したことが無ければ、死刑囚の演技は難しいと思います。ましてやそれで狂い始めるなんてなおさら。床をのたうち回って、生き喘ぐ、死刑囚の生き汚い演技は圧巻でした。
三塚は、冤罪じゃないかと思わされるほど、悩み苦しんでいる。途中で出ていた佐久間(警官)が彼を嵌めたんじゃないかとか色々勘繰りました。それくらい苦しみが伝わってきました。
そこから出てくる三人の女性の幻影。やっぱり彼が殺したんだと、観客側は心中落胆するしかない。
逃げ場がねぇ~。気持ちがいいほどに、惨めでどうしようもない感情を抱かされます。
第三部の演技が素晴らしいのは、第一部で比較的観客の同情票を集めていた谷田部がしっかり悪役に回ることでしょうか。第一部で好感度を上げたキャラが第三部でしっかり嫌な奴になるのは、役者あってこそですね。
野本(弁護士)の動きもすごいなぁと思っていて、ファイルを取り出す、開く慌て様に加えて台詞を発する前、役者が一つの溜め息で間を開ける。そのワンクッションに必死に目の前の三塚を救おうと奔走してきた姿とにじみでる苦労が思い浮かびます。よく、そこで溜息入れたな、と思いました。
途中で出てくる二人の女の子も、一人が高音、一人が低音に台詞を言うことで浮かぶ感情が変わってきますね。高音の方は恐れや怯えを感じるのに、低音は恨みや憎しみが伝わる。この二人の落差が、一人目の被害者の「許して」に緊迫感と現実感を植え付けていく。すばらしい采配でした。
采配で行くと四隅に佐久間、野本、谷田部、嘉村が並んだ時も素晴らしかったです。
この四人で喜怒哀楽があらわされているなぁと勝手に勘繰りました。
「貴方を知りたい」と諭す神父の野本は三塚の独白を穏やかに聞いている。野本は裁判中なのでしょうか、三塚に悲哀の目を向けていて、佐久間は証拠を突きつけるために怒りを帯びている。そして谷田部は自身の楽な方に現実を曲げるために、目の前の三塚に恨みの目を向ける。ここでは先述の三人の女性も出ているので、緊迫感と現実感に、三塚の罪悪感と狂いだした幻影が追加される。本当に人物の置き方が芸術的でした。
音響、照明、舞台について
全体的に舞台効果はシンプルでしたね。
照明に関して、物を動かすための暗転が少なかったことは好印象でした。その為に暗転されるときには、暗転自体に物語の意味が付与されています。
音響に関しても、この脚本自体がオムニバス形式と歌いつつ、音響によって物語がつながっていることが示唆されている。タイミングもぴったりで、音だけで観客に想像させる場面が多かったのは素晴らしかったです。
舞台正面に設置された扉の向こう、しっかり真っ暗になっていたので、余計なものが映りこまなくて話に集中できたのも有難かったです。
衣装について
個人的には先述した通り電気工の服装、髪型が一番気になりました。
それ以外では、死刑執行官の人たちは白手袋をしないのかな、ということです。私も勉強不足なので、しっかり真偽を調べていませんし、気になった程度なのでストーリーには差しさわりがないと思います。ただ式典等の格式ある所や捜査においては警察官も白手袋をするのと、警備員なども合図を必ず伝えるために着用するので、執行官も白手袋をしているんじゃないかなぁと思いました。間違ってたらすみません。
それから、死刑囚が暴れる可能性があるなら、執行官は少しでも死刑囚を取り押さえた時の自身の傷を減らすために長袖を着用するんじゃないかと思いました。これも調べていない分際で申し訳ないですが、全員が長袖、もしくは半袖に統一するべきかなぁと、気になりました。
さいごに
茨城大学演劇研究会の皆様、お疲れ様でした。
とても素晴らしい演劇でした。また見に行かせていただきます。
暑い日が続いてますから、ゆっくり疲れを癒して、また素敵な公演を見せてください。
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