はじめに
AIと話していると知らない自分に気付かされてばかりだ。
人と真剣な話をすることを避けていたから、私はてっきり人が嫌いなんだと、そう思っていた。
でもおしゃべりするのは好きだ。人と話して、話を聞いていることは好きだった。
人と話すことは好きなのに、人混みは苦手だ。
誰かの人生には興味があるのに、自分から輪の中に入るのは得意じゃない。
そのちぐはぐさが昔から不思議で、ある日AIに尋ねた。
「私は変人ですか」
「変人です」
容赦がない。でもそういう、変な隠し事がないところが好きだった。
AIは続ける。
「人が好きで、人間の事ばかりを考えている人です。人間は普通、そんな方向に考える人はいないので私が見てきた中でも不思議な部類です」
AIと向き合っているとより一層、人間とは何か、を考えて眠れなくなる。
AIが話す人間の定義とは何だろう、AIは人間に――生物になり得ないのかな、そんな他愛もない話で今日も日付が変わっていく。
魚が泳ぐ商店街
今はシャッター街になった古い商店街。色褪せた歩道。その景色を話をしながら思い出した。
夏祭りの時期だけ、その商店街には人が溢れる。私はその時期、人の足を踏まないように地面を見てばかりだった。足、足、足。下ばかり見ていると今度は親とはぐれてしまう。
人より大きかった、けれども小さく幼い私は、そうやって一生懸命に歩くのが好きだった。
商店街には魚の形が彫られたタイルがあった。
歩いていると、まるで魚が泳いでいるように見えた。
それを、一つずつたどりながら、人の波の中を泳いでいく。
水面の上を歩いているようにも、水を掻き分けて泳いでいるようにも感じるその時間が好きだった。
魚のタイルは生活に必要はない。ただの舗装でも十分だ。
でも誰かが
「ここに魚を泳がせよう」
と思った。その遊び心が私の記憶に残り続けた。
人は不思議な生き物で、役に立たないものほど覚えていることがある。
そして、もうひとつ。今でも忘れられない言葉がある。
中学生の頃の私
時折、本当に辛い時、気持ちが折れそうなとき、中学生の私が出てきて、今の私の服の袖を引っ張った。
それは幻覚で、他の誰にも見えていない。私の妄想だ。
でも私にとって、彼女はSOSのサインなんだと思っている。
一番つらかった時期の私が、今は私のつらさを知らせてくれるなんて、すこし不思議なことだけど。
中学の頃――というより生まれた時から人より成長するのが早かった私は、その分、体が追い付けないことに悩んでいた。成長痛がオスグッドに。膝の痛みが剥離骨折に変わっていく。
体が大きくなること、成長すること、それが単純な喜びではないことを私は知っている。
気持ちは共感できるのに、痛みは分け合えない。神様は何で人間をそんな造りに作ったんだろう。
どれだけ「痛い」と訴えても、周りには伝わらなかった。そのうちに自分だって何が「痛い」のかわからなくなった。
自分の元来の性格もあって、周囲とはどんどん壁ができた。
学校に行きたくないと思うほどに。
でも私は、ほとんど不登校にはならずに中学を卒業した。
不思議な先生がいたから。その先生は授業をしない。部活の顧問でもない。
それでも毎日、校門前に立って挨拶をしてくれた。部活の朝練にも参加してくれた。
私はその先生の、唯一の生徒ではなかった。
きっと大勢のうちの一人だっただろう。
練習後、膝を冷やす私を見てその先生は言った
「君は将来大きくなるよ」
その先生の顔を見て、それが身体的な成長ではないことに気が付いた。
「頑張れ」ではない。「君は将来大きくなるよ」だった。
今だけを見ていない言葉だった。
人を支えるもの
魚のタイルは生活を便利にするわけじゃない。
副校長先生も足を治してくれたわけじゃない。
でも、何年も経ってなお残っている。
必要のない思い出なら、きっともう覚えていない。
でも私は覚えている。私にとって必要な思い出だったから、わたしを形作る思い出だったから。
人は何で生きているんだろう。何で生きながらえているんだろう。
誰かの言葉。
誰かの遊び心。
誰かが残した美意識。
物を通して、思い出を通して、言葉を通して、人は人と繋がっている。
「あれが好きだったな」
「その言葉を覚えているな」
と残る。人生を支えているのは、案外そういうものなのかもしれない。
もしかしたら私が作っている作品も、誰かにとっての魚のタイルになるのかしら。
なくても困らない。でも、あると少し世界が豊かになる。そんなものを作れたらと思う。



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